時事問題ニュース

政治から事件やら話題の情報まで、とにかく頑張ってやっていきたいと思います。

~原点回帰~ TRの、そして "時事問題ニュース" のこれから

 こんばんは、TRエンタテインメントです。

 

 最近はネタ探しというか自分探しというか、何を書けばいいのか非常に悩んでいました。私の書いた記事が本当に自信を持てるものか、人に見せられる内容であるか、非常に悩みました。そのため、だいぶ更新頻度も減っておりました。毎日更新と言いながら、本当に申し訳ないと思います。

 

 そして私の出した結論として、「原点回帰」。つまり、プロフィールに書いた内容を思い出しました。

 

 ~政治や選挙、偏向報道を拾う、これを若年層の発信力に使いたい。~(要は、マスメディアからすればネトウヨらしい。おかしいなぁ、自分では真ん中だと思うんだけれど....)

 

 つまり、ネット記事の引用を多用していた節を少しでも感じていた私ですが、よくよく考えたら作った記事を書き直すようなことは一切していませんでした。自分の発信力がまだまだ足りていないんだな、と痛感した次第です。

 

 そこで、これからは、自分の発信力を高めるためになるべくほかの記事の引用は少なくしたいと心掛けるようにします。勿論、記事の信ぴょう性、説得力が欠けるようなことがあってはならないことが前提です。だから、ほかの記事の引用はあくまでも「補完」という形で、これは今までもこれからも変わらないスタンスで書き続けたいと思います。

 

 さらに、私のTwitterを見ている方は分かる方もいるかもしれませんが、最近は、「この政治家を選挙で選んだ国民は誰だ!」というような趣旨で有権者に向かって発言する投稿をしています。自分の考えを他人に押し付けようとはこれっぽちも考えてはいません。

 

 しかし、自分の意志が明確でない、テレビや新聞を見ただけで、「だってテレビが言っているから、新聞に書いてあるから。」と言って政治を軽視する有権者を許してはなりません。特にインターネットを使わない層はテレビや新聞、ラジオが情報源となるでしょう。

 

 ただ、日本のマスメディアは偏向報道の嵐です。これについてはインターネットを同時に見ておられる方であれば十分理解できると思いますのでここでの言及はこれまでにしておきたいと思います。

 

 玉石混合のあふれた情報源の中から、より正確なものを選んでいく。これが今の日本にとって大切なことです。既得権益に肖る輩、都合の悪いことをひた隠しにする輩など、ありとあらゆるしがらみがある中において、私ははてなブログを通じて発信していこうと思います。

 

 

 ですから、この記事をご覧の皆様へお願いが一つだけあります。

 

 私の書く記事については慎重に慎重を期して書いています。間違いがないように確認をしてから出しています。しかし、それでも誤報や間違いがあるかもしれません。

 

 さらに、できるだけ中立、というよりも現実的な話を発信していくようにしています。そのため、私がど真ん中だと思っていても、時には右に、時には左に傾いている事があるかもしれません。だからこの私の記事 "時事問題ニュース" のほかにも、テレビ、新聞、インターネット、SNSなど、ありとあらゆる情報を見てください。信用できないものや明らかな間違い、捏造であれば一切見ないで構いません。これが、「取捨選択」です。

 

 そして、より良い情報が増えていくためにも、私はどんな批判があろうと書き続けたいと考えています。

舞鶴市長が土俵上で倒れ女性医療関係者が処置も、「降りろ」のアナウンス

 こんばんは、TRエンタテインメントです。

 

 まずは、以下の動画を見てもらったほうが早いかもしれません。3分少々の短い動画ですから、最後まで見ていただきたいと思います。

 要は見れば分かる通り、土俵上で舞鶴市長が突然倒れ、応急処置をしている様子です。

 

 春巡業中の大相撲ですが、今回は舞鶴市が市政75周年の記念で催され、多々見良三舞鶴市長があいさつ中に倒れたものです。

 

 この際、奥にいる女性が心臓マッサージとみられる処置や、さまざまな応急処置が見て取れる訳ですが、この中で、正直、考えられないアナウンスがありました。

 

 「女性の方は土俵から降りてください、男性が上がってください。」

 

と、聞こえるのですが、このアナウンスをした方はいったい誰なのでしょうか。普通に考えて、人が倒れていて生死をさまよっている状況で「女は降りろ」という性差別が日本にはあることが非常に危機感でしかありません。

 

 確かに、伝統を守れだの何だの言ってきますよ。だから何百年、何千年も続けてこられたと言う意見もありますよ。ニュースポストセブンの記事を見つけたため、一部引用したいと思います。

 

 「伝統の『核』を成す部分の変革に関しては……その決定は当事者にゆだねられるべきものと私は考えている……大相撲に限らず、すべての伝統に関して言えることだが、当事者はその核を連綿と守りぬき、結束してきた。

 ……たとえば歌舞伎の女形宝塚歌劇のあり方に関し、現代の考え方で『男女差別に怒りを覚える。男女平等に舞台にあげよ』という訴えがあったとする。そしてもしも、それが受け入れられたなら、その時点で歌舞伎でなくなり、宝塚歌劇ではなくなる」(朝日新聞2001年3月17日付)

 

 中でも大相撲の土俵は祭場であり、神迎えの儀式によって神を降ろし15日間とどまってもらう聖域である。取組は結界された土俵上を毎回、塩と水で清めてから行う。場所後には神送りの儀式を行い結界を解く。大相撲は、これを250年以上守り続けてきた。

 

 内館氏は著書『女はなぜ土俵にあがれないのか』で大相撲の土俵を物理的には簡単に乗り越えられる〈無防備な結界〉の一つであるとし、それを理解するのは知性や品性だと指摘している。

 

 一連の議論で問われたのは、現代を生きる日本人の“知性と品性”だったのかもしれない。

 

出典; 伝統か男女平等か それでも女性が土俵に上がれない理由│NEWSポストセブン

 

 つまり、祭礼のためであって男女で差別して土俵に上げないと言う話ではないとのことです。神道信仰、土地神様を祈るというだけあって相当神経を使うということでしょう。いずれにせよ、元々は男女差別の意図は微塵もなかったと言えるのではないでしょうか。

 

 ならば、なおさら今回の女性が土俵に上がったことに関しては降りろと言うべきではないでしょうか。今回の、「女性は土俵から降りろ」とのアナウンスをしたことによってたかが伝統というだけで、もっと言えば面子を保つだけのために人の命が二の次にされるようなことは、この神聖な場に臨まれるとでも言うのでしょうか。

 

 さらに、無意味に混乱させ、男女差別のような表現ともとられかねない対応をしたのではないでしょうか。

 

 日本の相撲界、本当に常識が通じない。

 

 

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地下鉄サリン事件から今日で23年 あの時と同じように厳しい目を

 

 こんばんは、TRエンタテインメントです。

 

 今日で地下鉄サリン事件から23年が経ちました。霞ケ関駅では駅員が黙祷を捧げました。以下に遺族の思いが綴られている時事通信の記事を引用したいと思います。

 

 13人が死亡、6000人以上が負傷した1995年の地下鉄サリン事件から23年となった20日、現場の一つとなった東京都千代田区東京メトロ(旧営団地下鉄霞ケ関駅では、駅員が犠牲者に黙とうをささげ、遺族らと共に冥福を祈った。

 

 事件では、オウム真理教の信者が霞ケ関駅を通る3路線5本の電車内で猛毒ガスのサリンを散布。同駅では助役の高橋一正さん=当時(50)=と、代々木電車区助役の菱沼恒夫さん=同(51)=が犠牲となった。

 

 駅員16人はこの日、発生時刻に近い午前8時から事務室で黙とうをささげ、大友豊彦・霞ケ関駅務管区長(57)が献花台に花束を供えた。

 

 高橋さんの妻で地下鉄サリン事件被害者の会代表世話人のシズヱさん(71)も献花に訪れた。「また来たよ」と夫に報告したといい、「年とともに涙もろくなって。いろいろな思いが交錯し、複雑な気持ちだ」と23年の歳月を振り返った。

 

 オウム真理教による一連の事件をめぐっては、元代表松本智津夫死刑囚(63)ら13人の死刑が確定しており、1月に全ての刑事裁判が終結法務省は今月、死刑囚のうち元幹部7人を収容先の東京拘置所から仙台や名古屋、福岡など5カ所の拘置所に移送した。

 

 死刑執行に向けた準備との見方もあるが、同省は否定している。シズヱさんは「次の段階に入ったんだと思う。法に従って粛々と進めてほしい」と話した。

 

出典; 地下鉄サリンから23年=駅員ら犠牲者追悼―事件遺族「次の段階に」・東京|時事通信社|eoニュース

 

 オウム真理教の一連の事件の刑事裁判が終わりましたが、被害者の方々はここで終わりではなく、死刑囚13人の刑が執行されて初めて罪を償う訳ですから、「まだ」終わっていないのです。

 

 さらに言えば、たとえ13人の刑が執行されても、いまだ後遺症に苦しむ方、心に深い傷を負い苦しむ方だっています。死ぬまで苦しむことになる方も現実にいます。

 

 そして、このような事件を風化させることなく、絶対に許さない目を向けなければなりません。

 

 それにもかかわらず、日本人にこんな方がいるとは.....何とも信じられませんがこれも現実ですので載せておきます。

 

 

 百歩譲ってオウムがあったから今がある人間も居たとしましょう。しかし、オウム真理教が行った一連の活動は単なる宗教活動ではない。テロ活動だと言うことを認識しなければなりません。まるでこの方はオウム真理教のテロ活動を容認する発言をしているようですが、実務を知らない勘違いというのであれば何が勘違いというのでしょうか。

 

 いずれにせよ、オウム真理教のいわゆる実務が結果的に一連のテロ事件を引き起こしたのは言うまでもありません。何があっても容認される話ではありません。

 

 オウム真理教の一連の事件、まだ、終わっていない。